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麻婆豆腐が好きです。なんなら得意料理です。
寒くなってきたので辛くてご飯がガツガツ進むもの食べたいなぁと思って久しぶりに麻婆豆腐を作ってみた。
一口食べると、大学2年生のある日を思い出した。
絶対にコロナにはかからない。そう誓った俺は大学2年生の秋にコロナになった。おまけに味覚・嗅覚障害とセット。最悪だ。
ポカリを飲んだ時に全く味がしなかったのが衝撃で、かなり絶望したのを覚えている。SNSで「味覚なくなってもた」「なんも感じない〜」とか他人の字面の呑気さにたいして、「いや普通にやばくね?」って軽くキレていた。
40度を超える熱も出ていたので、多分頭がおかしかったんだと思う。
冷蔵庫を開けて、とりあえず味の濃そうなものを片っ端から食べた。漬物、レトルトカレー、余った焼きそば...特に皿に盛り付けることなく、手で掴んでそのまま口に運んでいた。「なんも味しない...」一周回って笑えていた。でも人間とは本当にやばい時はやばくなれる。「味が薄かったんだ」そう自分に言い聞かせて、味噌をスプーンですくって食った。「なんも味しない...」そりゃそうである。しかし俺は止まらなかった。ついには残っていたカレールウを齧る狂気に走り、ようやく「やばい、本当に味覚と嗅覚がない」と自覚した。
その時まであんまり意識はしていなかったが、自分は食べることがかなり好きだ。
美味しいものいっぱい食べたいし、知らない味にも出会いたい。そんな無邪気な自分をまさか味覚障害で知ることになるとは、なんて情けないんだ。もう2度と山岡家のラーメン食っても嬉しくなれねえじゃんと、1Kの7畳のキッチンで絶望していた。
ただ飯を食わないと体力が回復しないので、何かしら腹を満たす必要はあった。
きっとどこかでまだ諦めていない自分がいたんだろう。とにかく辛くて刺激のあるものならば味覚が復活するのではないかと思って、麻婆豆腐を作った。やっぱり味はしなかった。ただ舌の上がヒリヒリして、勝手に食道が火照る感覚だけが残った。麻婆豆腐を食ったと実感していないのに、なぜか体は麻婆豆腐を食った気になって火照りはじめているのが気持ち悪すぎてちょっと泣いた。
この時作った麻婆豆腐は、レトルトを使ったお手軽麻婆だった。
40度の熱に晒された頭では、通常の思考レベルを遥かに超えてくるのが恐ろしい。「おそらく日本のレトルトは雑魚だ」なぜかそう思った俺は、遥か前に買った豆板醤と甜麺醤を入れて中国3000年の歴史、四川麻婆豆腐を作った。するとどうだろう。遠くの丘に、麻婆らしきなにかが手を振っている。おそらく熱でイカれた脳が作り出した幻想、プラシーボなんちゃらだとは思うが、味覚障害で塞がった舌から光が差し込んで、ちょっと泣いた気がする。
希望を見出した俺は、止まらなかった。味と香りの爆発力を求めるべく、五香粉や八角、花椒、紹興酒、葱油の自作など、狂気に身を任せてのめり込んでいるうちに、味覚障害は治っていたし、麻婆豆腐が得意料理になっていた。
麻婆豆腐が好きだ。